美空ひばりについては個人事務所の面倒も

美空ひばりといえば昭和の歌姫と言われたが、事実上その終焉となったのが「紅白の卒業」かもしれない。この頃、美空ひばりは芸能界から干されたような形となって苦労したことを母親が述べた記録があるが、その一因となったのは、山口組三代目・田岡一雄組長との関係である。個人事務所の役員や、興業をプロモートする神戸芸能社の総帥だったのだ。
島田紳助の件があって以来、暴力団について取りざたす読み物が増えている。

たとえば『NEWSポストセブン』では、「美空ひばりや鶴田浩二ら かつて山口組の庇護下にあった」というタイトルで、「興行の世界は暴力団と切っても切れない関係にある」ことを溝口敦氏が解説している。
興行は山口組経営の大事な柱だった。田岡は1951年、大阪・難波スタジアムでひばりの野外ショー「歌のホームラン」を自主興行したころからひばりを影響下に収めたし、当時の人気俳優、鶴田浩二にも1953年、触手を伸ばした。
 正月、鶴田浩二は大阪・千日前、大阪劇場での「百万ドルショー」に出演し、夜は定宿である天王寺区の備前屋で休んだ。田岡の命を受けた若い衆、山本健一(後に山口組若頭、初代山健組組長)ら4人は宿に上がり込み、鶴田の頭をウィスキー瓶とレンガで殴りつけ、鶴田が気を失うと、表に待たせた黒塗り乗用車で走り去った。鶴田は救急車で近くの病院に運び込まれ、頭と手に11針縫うケガを負ったが、俳優の命である顔は何も傷つけられていなかった。(中略)

 実は1950年秋、田岡は東映京都撮影所で鶴田のマネジャーに会い、うちの仕事(まだ登記前の神戸芸能社、法人登記は1957年)をしないかと持ち掛けたが、マネジャーは日程に空きがないからと断った。

 その年の暮れ、マネジャーは浅草海苔と5万円を持って「鶴田が大阪劇場の正月興行に出る。よろしく」と田岡に挨拶に行った。田岡は5万円を受け取らず、追い返した。田岡とすれば、「5万円ぽっちで、神戸芸能をなめているのか」と思ったにちがいない。そうであるなら、俺とのつき合い方を教えてやる--。

 1957年美空ひばりは浅草国際劇場で同い年の19歳の女性から塩酸を浴びせられ、以降、それまで以上の庇護を田岡に求めた。田岡は同年神戸芸能社を法人登記し、その翌年にはひばりプロダクションを設立、その副社長に就いた。ひばりは「おじさんがいてくれると安心」と田岡を頼り切り、田岡もひばりの小林旭との結婚と離婚の後見役をつとめるなど、ひばりの面倒をよく見た。

神戸芸能社はタレントのマネジメントを行う芸能プロダクションではなく、興行会社だったわけだが、美空ひばりについては個人事務所の面倒も見たわけだ。

それ以外にも田端義夫、里見浩太朗、三橋美智也、山城新伍らも神戸芸能社が手がけたタレントであり、とくに田端義夫は本人の意図や自覚とは無関係に、大阪の在日愚連隊であった明友会が山口組に因縁をつけて2週間で壊滅したときのきっかけになる役割を果たした。

鶴田浩二を殴った山本健一若衆は、当時、山口組の元若頭で舎弟に直っていた安原政雄(安原会)から親子の盃を下ろされていたが、事情聴取では田岡一雄組長の名前を一切出さず、田岡一雄組長は起訴されなかった。

その後、山口組は谷崎組と抗争があり、ここでも山本健一若衆は谷崎組若頭を襲撃して谷崎組壊滅に動く。

田岡一雄組長は山本健一若衆が懲役生活を送っていた加古川刑務所に美空ひばりを慰問させ、美空ひばりは「健ちゃん頑張れ」と激励。嬉し涙を流した山本健一若衆は出所後、田岡一雄組長から直若の盃をおろされ、日本一の親分に仕える日本一の子分としてボディーガードをつとめた、というのが有名な話だ。

神戸芸能社は山口組から「分社」して企業舎弟になったが、後に警察が頂上作戦で山口組壊滅に動いたとき、田岡一雄組長が同社の健康保険に入っていることを逮捕の口実にしたこともある。

「警察もよくやるよ」といいたくなるような“別件逮捕”だが、それでも山口組は解散しなかった。

今回の暴力団排除条例に対して、司忍組長は産経新聞のインタビューでこう答えている。

「山口組というのは窮地に立てば立つほどさらに進化してきた。昭和39年のときもわれわれの業界は終わりだといわれていた。ところがそれから1万人、2万人と増えた。弾圧といえば語弊があるが、厳しい取り締まりになればなるほど、裏に潜っていき、進化していく方法を知っている。」

これは、決して強がりではないということだ。だからこそ、条例のあいまいさが批判されているし、警察の本気度も問われているのだ。

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