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『おこれ!男だ』(1973年2月25日~9月30日、松竹/NTV)は『おれは男だ!』の後継的作品として制作された青春学園ドラマ

『おこれ!男だ』(1973年2月25日~9月30日、松竹/NTV)は『おれは男だ!』の後継的作品として制作された青春学園ドラマ

『おこれ!男だ』(1973年2月25日~9月30日、松竹/NTV)は『おれは男だ!』の後継的作品として制作された青春学園ドラマであり、森田健作と石橋正次のW主役。しかも夏の海が美しい三浦半島がロケ地でしたがドラマとしては必ずしも成功とは言えませんでした。

青春学園ドラマにおける『おこれ!男だ』

『おこれ!男だ』がヒット作の『おれは男だ!』の成功による後継的作品であることは明らかです。

日本テレビが放送した、テレビ映画形式の、いわゆる青春学園ドラマシリーズを挙げてみましょう。
【日本テレビの青春学園ドラマシリーズ一覧】
青春とはなんだ(夏木陽介、1965年10月24日~1966年11月13日)
これが青春だ!(竜雷太、1966年11月20日~1967年10月22日)
でっかい青春(竜雷太、1967年10月29日~1968年10月13日)
進め!青春 (浜畑賢吉、1968年10月20日~1968年12月29日)
(炎の青春)(東山敬司、1969年5月12日~1969年7月14日)
☆おれは男だ!(森田健作、1971年2月21日~1972年2月13日)
飛び出せ!青春(村野武範、1972年2月20日~1973年2月18日)
☆おこれ!男だ(森田健作、1973年2月25日~1973年9月30日)
われら青春!(中村雅俊、1974年4月7日~1974年9月29日)
★青春ド真中!(中村雅俊、1978年5月7日~1978年9月24日)

★(ゆうひが丘の総理大臣)(中村雅俊、1978年10月11日~1979年10月10日)
★(あさひが丘の大統領)(宮内淳、1979年10月17日~1980年9月17日)

()のドラマは、日曜20時以外の放送枠
☆は松竹製作、★はユニオン映画製作、無印は東宝製作です。

夏木陽介主演の『青春とはなんだ』以来、全部で12作あります。

1965年~1980年まで、15年にわたって放送され続けたわけです。

このシリーズの特徴は、ヒット作があると、次の作品がそれに似せた名前になることです。

青春とはなんだ⇒これが青春だ!

ゆうひが丘の総理大臣⇒あさひが丘の大統領

さらに、飛び出せ!青春⇒われら青春!のように、設定までそのまま引き継いでいるものもあります。

この伝でいけば、

おれは男だ!⇒おこれ!男だ

は、『男だ』を継承し、森田健作とともに、『おれは男だ!』でも柔道部キャプテンとして出演していた石橋正次を、ツートップのひとりにして作ったわけです。

『おれは男だ!』が、青春ドラマの金字塔として評価されているのはいまさらる説を要しないでしょう。

東宝制作の『〇〇青春』が、教師を主役とした物語であった一方で、松竹制作の『おれは男だ!』は、小林弘二(森田健作)という生徒が主役でした。

学園におけるウーマンパワーを描いたため、吉川操(早瀬久美)という才色兼備のヒロインが設定されながら、相沢高校剣道部のキャプテン・丹下竜子(小川ひろみ)というライバルとのカップルの方が評判が良くなったこともあり、『おれは男だ!』は大ヒットしました。

そこで、そのファンを引き続き囲い込みながら、新たな視聴者獲得の期待をになって作られたのが、『おこれ!男だ』だったのです

『おこれ!男だ』のあらすじ

当時のドラマは半年単位が多かったのですが、多くは4月クールか10月クール開始でした、

『おこれ!男だ』は、それに先駆けて2月に放送開始されています。

4月クールの新番組となる裏番組の前に、放送を開始して視聴率争いを有利に進めたかったのでしょう。

ただ、おれは男だ!の後継的のように見えても、タイトルと主演だけで、いささか内容は異なっていました。

ヒロインとのラブロマンスがなかった

江藤太一(森田健作)が、身寄りのない者、もしくは実家を厄介払いされたり、自分から家出したりした不遇なほしのもとの青少年を受け入れる、神奈川県・三浦半島の私塾『望洋塾』に入るところからドラマは始まります。

受け入れたのは、塾長の内藤武敏、その娘が佐藤オリエ、蕭淑美、石崎恵美子。

蕭淑美は同じ学年ですが、おれは男だ!の早瀬久美と違い、ツンデレではなく、塾生をほんとにコバカにしている風でもありました。

ホントは好きだったことが伺えるシーンもあったかもしれませんが、少なくとも森田健作演じる江藤太一とのラブロマンスは期待できそうにありませんでした。

そこが、おれは男だ!>おこれ!男だ、の第一の理由。

思春期の登場人物で、ロマンスがないなんてドラマとしてつまらないでしょう。

試練が暗い

そして、塾生が、土方俊夫(石橋正次)、坂本兵馬(赤塚真人)、高杉一作(江藤潤)、山形三平(沖正夫=森川正太)、西郷四郎(千葉裕)、大久保弘(小田錦之助)、さらに農大6年生の設定で大村六助(岸部シロー)です。

森田健作は「歓迎」儀式として、彼らのフケが入ったスープを飲まされます。

『おれは男だ!』では、女子生徒が多いから、男子生徒のトイレが少なくて困った、という「試練」に比べると、全くシャレにならないいじめです。

爽やかな高校生活の友情や恋心などを期待したファンも、これではついてこれないでしょう。

舞台は私塾か高校か

では、舞台は私塾なのかと思いきや、そうとはいえないところがちとややこしい。

私塾というのは、いわば合宿所であり、日中は彼らは高校に行っています。

ここでも、校長(岡田真澄)と腰巾着(三谷昇)にひとくせあり、なにかドラマがありそうでしたが、とくに大したことはありませんでした。

それどころか、「いったい私塾を舞台にしたいのか、高校を舞台にしたいのか、どっちなの?」という視聴者にとっては迷いを感じざるを得ませんでした。

そして、森田健作24歳、石橋正次25歳、田坂都21歳。

え、まだ高校生やってんの?

と言わざるを得ない年齢とキャリアです。

田坂都は、『飛び出せ!青春』でいったん高校生は終わって、購買部の店員役でした。

それがまた、セーラー服に戻っているのです。

中村雅俊のように、社会人(われら青春!)から大学生(俺たちの旅)にもどることはありますが、さすがに高校生は厳しいのではないかという気がしました。

つまり、高校生役には無理があったし、飽きられもしていたのではないでしょうか。

『おこれ!男だ』VS『おれは男だ!』まとめ

『おこれ!男だ』が、『おれは男だ!』の成功を受けて、森田健作と石橋正次の2枚看板でのぞみながらも成功しなかった3つの理由をまとめました。

ドラマを手がけた岡田晋吉プロデューサーの著書(青春ドラマ夢伝説: あるプロデューサーのテレビ青春日誌)では、当時の2人のスケジュールが多忙だったことが不振の原因であり、とくに石橋正次には悪いことをした、と述べられています。

しかし、以上のような点から見て、企画そのものが厳しかったのではないでしょうか。

この枠では、翌年に『われら青春!』が制作されたのを最後に、旧来的な青春学園ドラマは幕を閉じてしまいました。

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青春ドラマ夢伝説―あるプロデューサーのテレビ青春日誌
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コメント

  1. アミちゃん より:

    俺は男だの 丹下竜子役の小川ひろみさんの 現在を知りたいです 森田健作さんも早瀬久美さんも 知らないそうです