大槻義彦さんは、原発「農作物への影響」について農産物廃棄に反対。「洗って喜んで食べさせていただく」と検査すら否定した。それはいいとして、その表現が例によって人を馬鹿にしたもので、現地や農家の人々としてはどうなのかなという気がする。
大槻義彦さんは、今回の原発事故における「農作物への影響」について、農産物廃棄に反対し、「全部うちに持ってきて欲しい。洗って喜んで食べさせていただく。怖がる必要などない。菅首相もO-157のカイワレと同じく食べるべきだ」とコメントしています。
この方の話は地域や性別や年齢による被曝の危険度によって分けて論考していない時点で、全く科学的ではないのですが、言い方としていかがなものか。
菅直人総理は、キュウリのまるかじりというパフォーマンスをやっていたが、あれは出荷停止や摂取制限でないものだろう。
考えても見てほしい。
政府が出荷停止や摂取制限をしている時に、トップがそれを食べるパフォーマンスをしたらおかしいだろう。
現実としてあり得ないだろう。
大槻義彦さんが原子力物理学者として「野菜は安全」といいたいのなら、その根拠を示せばいいだけの話だ。
全部食ってやる?
いったい、何十万トンあると思ってるのか。
現実としてあり得ないネタ話を平気で出来るのは、いったいどういう了見によるのか。
だって、それは「私なら食べる」というだけの話だから。
農家の方々だって喜ばない。
というより、さらに傷つけることになる。
いったい農家の苦しみを何だと思っているのでしょうか。
こんなときに、ふざけないでほしい。
挙げ句に大槻義彦さんは、「政府には隠し事はない」と言い張っている。
あはは。
善し悪しは別として、隠し事がないわけがないだろう。
これもまた、今現在で見ればもちろんのこと、記事が出た3月30日の時点で開いた口がふさがらなかった。
被災地でないヒトの「安全性」のみを根拠に、国民の騒ぎ方を「専門家とは温度差がある」などとしているが、「騒ぎ」の根源(政府・東電・御用学者の責任)についてスルーそれどころか、政府の要人でもないくせに政府には隠し事はないと御用学者ですら言わない政府擁護を言い張っている
たとえばSPEEDIのデータ非公開、震災発生直後のベント指示問題といった山ほどの事実をどう見るのか。
上杉隆さんら自由報道協会による「原発事故」取材の報告
pt1→http://www.youtube.com/watch?v=O0CRuajD6C8
pt2→http://www.youtube.com/watch?v=0ur1dyhLtys
pt3→http://www.youtube.com/watch?v=o91IDAxrNG8
pt4→http://www.youtube.com/watch?v=eMZMfpiOD8Q
pt5→http://www.youtube.com/watch?v=f_ELXK3oaNw
ラスト→http://www.youtube.com/watch?v=ZhlwTXxyfm4
大槻義彦さんは、この動画の中で上杉隆さんが具体的に指摘している「政府のデマ」「東電の隠蔽」「国際社会における日本の評価」などについて、きちんと回答をしていただきたいものだ。
さかしらな評論は誰もありがたがらない
大槻義彦さんは、別に現場を取材したわけでもなく、今回の詳細をよく知らない上に、安全な所から限られた知識を絶対化してさかしらに、居丈高に叱りとばすいつもの「聞き書き」でモノを言っているだけではないのか。
いや、私だって行っているわけではない。
だから、聞き書きでエラソーなことは書かない。
ここでみなさんに教訓にして頂きたいのは
「原子力物理学の専門家」を名乗っているからといって、「原子力問題の専門家」ではない、ということだ。
ここは、すごく重要なところだ。
その事象・現象をなす関連個別科学諸分野の一学者であるというだけで、その事象・現象のあらゆる問題に答えられるわけではない。
にもかかわらず、さかしらに口を出し、結論は、いつもの「理系の専門家でない奴はもの知らずで間違える」という物理学のプロパガンダ。
要するに、「科学知識がないやつは間違う」と言いたいだけなんだよね。
多数の死者・行方不明者を出し、環境・経済その他さまざまな面で大きな損害をもたらしたこんな「国難」のときにねえ。
というが筆者の意見、いや、怒りだ。
筆者は、ジャパンスケプティクス(JapanSkeptics)という、疑似科学批判をたてまえとする小サークルを離れたが、同サークルで筆者は、大槻義彦さんの後釜で副会長をやっていた。
(正確には大槻義彦さんの次の次なのですが)
同会が筆者が離れる直前のままの体質なら、おそらくは、今回の災害について、狭い訓詁学の見地から、国民の「無知」を叱りとばすレポート・論文が、ゾロゾロ機関誌で発表されているのだろうとは思っていた。
が、大槻義彦さんの暴論談話は、筆者の予想を超えるものだった。
たとえば、原子力物理学の専門家が、一般国民に比べて原子力物理学について詳しいのは、あったり前の話で、そもそもその「知識の差」を前提とした叱りとばしは、同会が目指す「啓蒙」とは縁もゆかりもない、たんなる自画自賛に過ぎない。
その「物理学」がいかなる価値と仕組みで社会に使われたのか、今回に限らず、国民を啓蒙する上で大事なことはその検証であり、国民の知りたいことだ。
原子力物理学からみた放射能の数値の真偽や、その知識のひけらかしではないだろう。
筆者が、松田卓也さんが率いて大槻義彦さんが復帰した、ジャパンスケプティクスと根本的に異なる立場であるのは、同会の論文・レポートがときには観念論的に「非理系者の無知」「マスコミ原罪」論を指摘する立場を鮮明にしているのに比べ、筆者は、
・疑似科学のおおもとの製造者は学者等専門家や為政者、企業など社会・国民をコントロールできる側
・それを良くも悪くも広める者(疑似科学を広めることもあれば、その克服にも貢献しうる)はマスコミ
・その受け手は国民
という社会のおおまかな役割やメカニズムを見失うことなくものを考えているということだ。
つまり、疑似科学というのは国民において、「無知」が自らの首を絞めることはあったとしてもおおもとの責任を問うべきスジアイではないという立場だ。
そこが、問題解決において、理系知識(だけ)にことさらこだわる人びととは異なるところだ。
「無知」は国民の原罪なのか
たとえば、大槻義彦さんは、私たち専門家と国民は放射能について「温度差」があると東スポでコメントしている。
要するに、国民が専門家ではない(無知だ)から放射能を過剰に恐れるということだ。
でもこれは、よく読めば中学生でも分かる矛盾だ。
無知なら、そもそも恐れる根拠すら認識しない。
では国民は、何をもって「過剰に恐れる」のか。
そのソースは書籍やテレビやネットなどであり、そこで、おおもとの情報を流している者だ。
「過剰に恐れる」根拠は、メディアを通して専門家が流しているのだ。
被曝について「低い数値でも怖い」という専門家と「低い数値だから問題がない」という専門家がいる。
国民が迷うのは当然だろう。
大槻義彦さんは、その点の分析や批判等は一切口をつぐんでいる。
国民が迷う原因を真面目に見ようとしないで、「温度差」などといって国民の「無知」に一切の責任を押しつけているだけではないか。
「では、お前は何が正解というのか」
という「疑似科学自称否定派の学者」の信者たちの感情的な質問にお答えするならば、
現在進行中のことなのだから、「今の段階で、大丈夫なことと、有り得る心配」をはっきり区別してケース別(地域や性別や年齢等)に示すことしかない。
そして、「有り得る」ことが現実にならないために、防げることを具体的に提案するのだ。
超自然現象や疑似科学を科学的、批判的に……などと威張っている疑似科学批判の「識者」でそれをきちんと行っている人を筆者は知らない。
専門家ってなんだろう
話は戻るが、「原子力物理学の専門家」だからといって、「原子力問題の専門家」ではない。
これは言い換えると、○○物理学の専門家だからといって、疑似科学問題の専門家ではない、ということだ。
一部の疑似科学否定派・懐疑派としての立場から、発言する学者たちをカルト的に信じるみなさん。
いかがお考えだろうか。
以上、大槻義彦さんは、原発「農作物への影響」について農産物廃棄に反対。「洗って喜んで食べさせていただく」と検査すら否定した、でした。
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