牛の白血病をご存知だろうか。ここのところ、身近で話題になっているのが、白血病牛の牛乳を飲んで白血病がうつらないか、という話だ。チンパンジーに白血病牛の生乳を飲ませたら白血病になった、という話が出所らしい(筆者はその本をまだ読んでいない)
牛の白血病とは、ウイルス性疾患の一種で、牛の白血病ウイルス(bovine leukemia virus; BLV)によって引き起こされる。
この病気は、主に牛の間で広がり、感染した牛は病気の症状を示さないことが多い。
しかし、感染した牛の乳や肉を食べた場合、人間にも感染する可能性があるとされる。
ただし、一般的に牛乳を通じた感染は非常に低いと考えられている。
牛乳に含まれるBLVは、高温殺菌によってほとんど完全に除去されるからだ。
そのため、適切に処理された牛乳を飲む限り、感染する可能性は非常に低くなる。
いずれにしても、牛乳は体に悪いのかという議論もあるので、気になるところだ。
ということを踏まえた上で、今日は牛の白血病は牛乳経由でヒトにうつるか? という話をスケプティクスに考える。
牛のレトロウイルスも加熱や冷凍処理される
牛の白血病で問題にされているのは、リンパ球に感染するレトロウイルス。
これは宿主を選ぶため、牛のレトロウイルスが人のリンパ球に感染することはない、とされてきたが、
「牛白血病ウイルス(BLV)はヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)の近縁のウイルスであり、多くのウシが感染していることから、ヒトへの感染の有無が心配される」という報告もある、(森内 浩幸 長崎大学, 大学院医歯薬学総合研究科, 教授 (90315234))
BSEが「種の壁」をぶち破って人がプリオン病を発症したことで、牛のレトロウィルスが人に絶対に感染しないとはいいきれないのではないか、という主張、というか不安があるわけだ。
同じように、猫にも猫白血病があり、人にも成人T細胞(HTLV-1)という白血病を起こしうるレトロウィルスがある。
ヒトの成人T細胞感染は最近増えていると話題になってはいるが、その原因は地域性と母子(母乳)感染によるものだ。
ウイルス性白血病の治療法は確立されていないから、不安を持つこと自体がおかしいとは思わない。
もとより、科学(医学)は相対的真理の長い系列にある。
より高い次元で既説が否定されることはある。今「ない」とされていることがひっくりかえることがないとはいえない。
どんなことでも「ひょっとしたら」という可能性を頭から否定するのも科学的態度ではない。
では、かりに「種の壁」がぶち破られるものとしたらどうだろう。
それでも、感染の可能性は低いとは考えられている。
「種の壁」がぶち破られても製造方法から可能性は考えにくい
なぜなら、生乳と牛乳には決定的な違いがある。
私たちが通常飲む市販の牛乳は、超高温瞬間殺菌といって、130度で2秒殺菌するが、この殺菌の前に85度で5分間予備加熱をする。
つまり、牛乳の殺菌は実は2段階で行われている。
よく、乳製品の原材料に、牛乳ではなく「生乳使用」と書かれているものがあるが、殺菌工程のない乳製品はあり得ない。
ここで、もし万が一奇跡的に残ったものがあっても、乳製品は長く冷凍される。
冷凍も宿主殺しに有効とされる。
また、量の問題もある。
このウイルスは、微量でも直ちに感染、というほど強いものではないようだ。
たとえば、ヒトの成人T細胞感染は母子間感染率が20%。
断乳が原則だが、授乳を強く希望する場合には「3ヵ月以内の短期授乳」を指導されている。
授乳が絶対ダメというわけではないというのは、一滴でも直ちに感染するわけでもないということだろう。
つまり、3か月以上長期間連続摂取にして本格的なリスクがあり、5人に1人「だけ」感染するとも解釈できる。
0から3か月程度の乳児なら、1回の母乳で15ー20ccを6?7回で1日約100ccほど日々繰り返し飲む。
乳児は日ごとに大きくなって飲む量も増えるのだが、あえて少なく見積もるためそのまま単純に計算して3か月で合計約10000cc。
消化管も脆弱で腸からの吸収が敏感、かつそれを唯一の栄養源としている乳児ですら、そのくらい飲める程度の感染力なのだ。
そこで改めて考えるが、そもそも感染生乳由来の牛乳を毎日繰り返し飲むということはあるだろうか。
乳製品はいろいろあるが、そのすべてが同じ生乳由来というわけではないだろう。
実は白血病感染牛の増加も昨今畜産業界で問題にはなっているのだが、筆者は具体的な数字は出せないものの、決して白血病まみれになっているわけではないだろう。
病気牛は出荷しないので、もしそうなっていたら牛関係の業者は全滅するだろうから。
もちろん、ヒトのウィルスよりも牛のウイルスの方がずっと生命力も強く、感染や発症もしやすい特性を持っている、という可能性も絶対にないとはいえないから、そうなると今まで書いた推理も意味が無くなる。
が、もし「感染率が20%」であるヒトの成人T細胞よりも強く感染しやすいウイルスなら、今頃牛ウィルス由来の白血病感染者は、それこそ年間600ー700人という成人T細胞ウィルス性白血病発症数を確実に上回っているはずだから、統計的医学的に無視できるはずがなく、まあそれはないだろうと考える。
この件詳しい方で、「いや、でもリスクは高い」と思われる方、ご意見頂きたい。
ちなみに、チーズと牛の白血病のリスクについてはこちら。

併せてお読みいただけると幸甚である。
コメント
管理やチェックが消費者にはベールがかかってる
milklove :
日本は超高温殺菌が主流だし、今まではチーズもプロセスチーズが主流だったんで、よかったと思いますが、
問題は最近のよくわからん”健康ブーム”。
非加熱殺菌牛乳を健康だとして売りにしている所や、牛の初乳を栄養があるとして売りにしてる企業が出ていることだと思いますよ。
あと近年の低温殺菌ブーム。日本で、低温殺菌を厳密に行っているか調査をしたら、温度管理が悪い企業が少なからずあったという報道があります。
となると、そのへんの管理が心配ですよね。
牛の病気は白血病だけじゃないので、低温殺菌でも温度管理の厳密さが問われると思いますが、そのへんの管理やチェックが消費者にはベールがかかってるので、疑問が出てくると思います。
牛乳だけじゃなく生クリームやチーズも製造されてますから。
注射器の共用や代用乳(初乳)管理の悪さなどで蔓延するんですよね。大量の乳をまぜて製品を作る現在の製造業のリスクを考えると、雪印牛乳の大量食中毒発生事件を防ぐように業界は最大の危機意識を持たねばならん時期なのではないですか。
現場を見ないと
現場を見ないとものは言えない。もちろん、ケース・バイ・ケースの話だが、以下のコメントを拝見してそんなことを感じた次第である。牛の白血病は牛乳経由でヒトにうつるか?という、専門家から見たら議論にもならない話だが、話題にしたことで、コメントが付きスケプティクスに考える機会を得られた。
まず、コメントを引用しよう。
Re:【牛乳】牛の白血病は牛乳経由でヒトにうつるか?
> コメント投稿者: milklove
>
> 日本は超高温殺菌が主流だし、今まではチーズもプロセスチーズが主流だったん
> で、よかったと思いますが、
>
> 問題は最近のよくわからん”健康ブーム”。
>
> 非加熱殺菌牛乳を健康だとして売りにしている所や、牛の初乳を栄養があるとし
> て売りにしてる企業が出ていることだと思いますよ。
>
> あと近年の低温殺菌ブーム。日本で、低温殺菌を厳密に行っているか調査をした
> ら、温度管理が悪い企業が少なからずあったという報道があります。
>
> となると、そのへんの管理が心配ですよね。
>
> 牛の病気は白血病だけじゃないので、低温殺菌でも温度管理の厳密さが問われる
> と思いますが、そのへんの管理やチェックが消費者にはベールがかかってるので、
> 疑問が出てくると思います。
>
> 牛乳だけじゃなく生クリームやチーズも製造されてますから。
>
> 注射器の共用や代用乳(初乳)管理の悪さなどで蔓延するんですよね。大量の乳
> をまぜて製品を作る現在の製造業のリスクを考えると、雪印牛乳の大量食中毒発生
> 事件を防ぐように業界は最大の危機意識を持たねばならん時期なのではないですか
> 。
牛の白血病は牛乳経由でヒトにうつるか?
低温殺菌の温度管理や、
注射器の共用、代用乳管理の悪さというのは
もう現場を見ないとわからないということだ。
だからこういう問題も
医学、畜産学の研究者だけでなくて、
現場で働いている人の発言も調査するような
機関があるといい。
いつもの話だが、これは全てにおいていえる。
たとえば疑似科学批判などもそうである。
科学的真実と、司法的真実は必ずしもそのアプローチの手法において一致はしないが、司法的真実の事実主義、証拠主義ということは大事にしたいものである。スケプティクスな思考も事実と道理から始まるのだ。
なお、チーズと牛白血病についても調べたので、併せてお読みいただきたい。
以上、白血病牛の牛乳を飲んでヒトに白血病がうつらないか、という話はここまで。
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