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1980年の紅白歌合戦は紅組の司会が黒柳徹子で白組の司会は山川静夫だが出場歌手メンバーが渋いと話題になっている件

1980年の紅白歌合戦は紅組の司会が黒柳徹子で白組の司会は山川静夫だが出場歌手メンバーが渋いと話題になっている

1980年の『第31回紅白歌合戦』の出場歌手メンバーが渋いとFacebookで大いに話題になっています。紅組の司会は黒柳徹子、白組の司会は山川静夫です。何より2時間45分番組なのに先ごろ発表された2018年よりも出演者が多い。それだけ歌が重視されていました。

紅白歌合戦は、メインイベンターにあたるのがトリです。ではその次に注目されるのは誰かと言えば、トップバッターです。

『第31回紅白歌合戦』の出場歌手メンバー

トップバッターは榊原郁恵と郷ひろみだった

紅組は榊原郁恵、白組は郷ひろみでした。

>郷ひろみさん凄いですね!昔から出ていたんですね。

という声があります。

さだまさしはグレープ時代出場していなかった

>さだまさしが2回目ってのが意外過ぎます。

という感想も。

それだけなら、たぶんソロになって2回めであり、グレープ時代に出場していたのだろうと思われるでしょう。

ところが、さだまさしはグレープ時代は出ていないのです。

精霊流しとか無縁坂とか、出ててもおかしくないのですが、意外ですね。

山口百恵はすでに引退していた

すでに、この年は山口百恵がでていません。

1980年10月15日、ホリプロ20周年記念式典を最後に山口百恵は芸能界から引退しました。

日本武道館のファイナル・コンサート、最後のステージで最後の歌を歌ったあと、そっとマイクを置いて舞台裏に去ったことがことがしばしば取りざたされます。

出場者全員の歌が歌える

「今年の出演者、半分以上知りませんが、この頃の出演者は全員知ってます」という声もありました。

「全員の歌が歌える」とも。

「今の紅白と違って、全員が本来の歌をちゃんと歌えます。今は歌なんだかメロディーなのか分からない様な物が多くて…(笑)」という声もあります。

それはやはり、今よりも歌番組があり、そこでヒット曲を披露して実績のある歌手が選ばれたからでしょう。

今は、紅白に選ばれて初めて名前を知り、「誰?」という人もいますから。

38年前で、小柳ルミ子は10回目の出場です。

でも、これぞ紅白!ってメンバーではないでしょうか。

今は、誰とはいいませんが、一般人と変わらないような「歌手」が出るから品格が下がっているとの声が多数あります。

美空ひばりは“卒業”していた

残念なのは、美空ひばりの名がないことですね。

美空ひばりは、暴力団との関係を取りざたされ、病気をした時に使うヘソクリ以外のお金がなかった時もあった、といいます(「日刊ゲンダイ」2月23日付でニューラテンクォーター元社長の山本信太郎連載「元社長が語る夜の交友録」)。

暴力団に入って実刑判決を受けた実弟のかとう哲也(本名・加藤益夫)問題の引責で、10年連続で紅組のトリを務めてきた紅白歌合戦を「卒業」ということになりました。

すると、そのあと静岡で行われたコンサートは、あの昭和の歌姫と言われたはずの美空ひばりのコンサートなのに、悪天候も重なり200人も観客が集まらなかったといいます。

そして、美空ひばり自身も、山口組三代目田岡一雄組長との関係を否定するのは、なかなか悩ましいものがありました。

松田聖子は1980年が初出場だった

その一方で、松田聖子が初登場の年でした。

現在でこそ、松田聖子の活躍の場はディナーショーだが、この頃はリリースする歌がすべてヒット。

若い女性は、“聖子ちゃんカット”と称してみな髪型を真似ました。

ちなみにそのディナーショーですが、松田聖子には昔からの根強いファンが多く、とくにディナーショーはファンサービスがすごいので毎年完売だそうです。

まとめ

今は、有力芸能事務所による出場枠がはっきりしていた、選出にもワクワクドキドキ感も説得力もありません。

MCも同様で、事務所絡みとNHKドラマ絡みともいわれています。

平成から年号がかわる来年は、全て白紙に戻してスタートして欲しいとの声が少なくありません。

以上、1980年の紅白歌合戦は紅組の司会が黒柳徹子で白組の司会は山川静夫だが出場歌手メンバーが渋いと話題になっている、でした。

紅白歌合戦と日本人 (筑摩選書)
紅白歌合戦と日本人 (筑摩選書)

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