ヤクザ個々の生活をどこまで制限できるのか

ヤクザの所属する組織、すなわち暴力団は反社会的存在である。そこで、暴力団排除条例(いわゆる暴排条例)が施行されたわけだが、その内容の是非については議論がある。つまり、暴力団の反社会的行為を取り締まるために、ヤクザ個々の生活をどこまで制限できるのか、という人権上の議論である。
というのは、暴排条例施行後、暴力団に対するさまざまな締め出しが行われてきた。たとえば、暴力団の締め出しは、保険業界にもやってきた。生命保険各社が保険約款に、暴力団関係者の保険加入を拒む暴力団排除条項を盛り込むという。
抗争で死亡しても保険金が出なくなる組員
読売新聞 10月26日(水)18時59分配信
 生命保険各社が保険約款に、暴力団関係者の保険加入を拒む暴力団排除条項を盛り込む方針を決めた。

 組員が身分を偽って加入していたことが判明すれば、抗争事件などで死亡・負傷しても保険金は支払われず、〈万が一の備え〉もできなくなる。金融庁から約款の改定を許可されれば、運用を始める。損害保険業界でも同様の動きがあり、暴力団への包囲網はさらに強化されそうだ。

 生保業界関係者によると、これまでも生保各社は、加入時の審査で、入れ墨などから暴力団関係者と判断した相手に、身に危険がある立場であることや、詐欺などの犯罪に悪用される恐れがあることなどを理由に、契約を原則断ってきた。

 しかし、明文化はされておらず、組員が審査をすり抜けて加入してしまえば、暴力団を理由に強制解約はできず、病気による死亡への保険金は支払われていた。抗争事件による死亡の場合でも、個別の状況によっては支払いを拒めないケースもあったという。

 生保45社加盟の生命保険協会(東京)は6月、反社会的勢力への対応について、「一切の関係を持たず、不当要求にも応じない」などとする指針を加盟社に通知し、各社が暴排条項の導入を検討。

 契約者や被保険者、受取人に暴力団関係者がいれば加入できないことを約款に明記し、契約後に不正がわかった際は、無条件解約や、病気が理由でも支払い拒否することができる。

最終更新:10月26日(水)18時59分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111026-00000639-yom-soci

これは以前からあったことで、山口組直参の有力団体だった二代目難波安組・大西勝冶本部長(当時)はテレビインタビューでその点に触れている。


大西勝冶「あのー、生命保険は入れませんのや」
軍司貞則「入れない」
大西勝冶「はい」
軍司貞則「どうして」
大西勝冶「それは、保険会社の方に聞いてください」
軍司貞則「受け付けない、と」
大西勝冶「ええ」

暴力団の肩を持つわけではないが、正直言って、この方針はどうなのだろうか。

というのは、医療保険や傷害保険と違い、死亡保険は解釈や担当者の裁量の問題ではなく、「人間の死亡」という客観的なものが対象となっているからだ。

医療保険や傷害保険についてなら、稟議案件、もしくは引き受けできないとするのは元受保険会社の判断でいいと思う。

とび職やプロレスラーの傷害保険加入に制限をかけるのは、生保ですら株式会社化している現在の保険会社のあり方ならやむをえないことだと思う。

筆者も以前損保会社にいたが、今だから言うが、某一衣帯水の隣国の者は稟議案件だった。個人的な経験だが、その国の領事館員に、自動車保険を1か月分、立て替えさせられて焦げ付いたこともある。

怪しい奴、危ない奴を契約させたくない、という気持ちは元当事者としてよくわかる。

が、死の内容や対象を差別する価値観はやはり賛成できない。

人の死に値打ちの違いはないだろう。

抗争が当たり前の暴力団員の「死」は「自殺」に等しいという考え方もあるかもしれないが、「死」も辞せずと「自覚的に死ぬ」は全く意味が違う。

たとえば、引き受け保険金の額を制限するなどのやり方をとるなど、考えられなかったのだろうか。

なぜそのようなことを書くかというと、「反社会的勢力」なる曖昧なくくりで村八分を行い、産業ぐるみで社会から干上がらせるのは憲法違反の疑いがあるからだ。

そして、いずれ政治家やジャーナリズムなど、「社会に影響のあるものをつぶす」というに波及する恐れがある。

暴力団に関するニュースが毎日のように流れるが、「悪い奴は何を報じてもいい、どんな仕打ちをしてもいい」という無原則な考えに国民が陥るのはやはり危険、というよりも思考停止だと思う。

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