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暴力団排除条例は、都民にとって物騒極まりない代物という物議を醸しています。「お粗末きわまりない条例」だからというもの

暴力団排除条例は、都民にとって物騒極まりない代物という物議を醸しています。「お粗末きわまりない条例」だからというものです。国民の生活を守るために警察が行うべき仕事が、暴力団排除条例にょって曖昧になっているのではないかとの懸念があるのです。

溝口敦さんの連載『斬り込み時評』(『日刊ゲンダイ』)が最近ネットでも話題になっています。

暴力団排除条例が物議をかもしているのです。

スポーツ紙やワイドショーでは、絶対に書かない「島田紳助と暴力団の関係はどうなるか」について踏み込んだ指摘と推理をしています。

ところで、暴力団排除条例というのはそもそもご存知ですか。

都内における主な繁華街を、「暴力団排除特別強化地域」と指定。

同地域における、「特定営業者」及び「客引き等を行う者」が暴力団員に対し用心棒料、みかじめ料の利益を供与する行為や、暴力団員がこれら利益の供与を受けること等を禁止するものです。

平成22年4月1日、福岡県で制定されたことを皮切りに、全国で暴力団排除条例が制定。

平成23年10月1日に、東京都及び沖縄県で制定されたのを最後に、全国の都道府県において、暴力団排除条例の制定が完了しました。

一見、暴力団の取締法になっていますが、法律としてはかなり問題がある、といわれています。

弁護士法人ALGの公式サイトでは、こう書かれています。

例えば、福岡県や東京都では、事業者に対しても罰則が定められていますが、神奈川県のように事業者に対する罰則がない条例もあります。また、福岡県や京都府のように一部の地域を指定して厳格に取り締まっている都道府県もあります。これらの条例内容の相違点は、都道府県ごとに地域の特徴を踏まえて、規制内容を定めていることから生じていると考えられます。(https://www.avance-lg.com/news/news_vol1.html)

といったことを踏まえた上で、以下をお読みください。

暴力団対策を一般人にまる投げするな!

溝口敦さんは今回(4日付)は暴力団排除条例について。「都民にとって物騒極まりない代物」「お粗末きわまりない条例」と厳しく批判している。興味深い部分を抜粋してご紹介しましょう。

たとえば宅配便である。NHKで報道されたことだが、宅配業者が社員に、暴力団からの宅配依頼は断れと命じていた。小さなクリーニング業者などが片手間に宅配便の受け付けを請け負っている。そういうところのおばちゃんにも、暴力団が来て宅配を依頼されたら、断るよう指導していた。
溝口敦さんは、「非力なおばちゃん一人に『お宅の荷物は受け付けできないんです』と言わせるのか」と憤っているのです。

そう、この条例が総じていえる問題点のひとつは、「暴力団を孤立させ、資金供給を断つ」というスローガンのもと、国民にその判断や対応を求めていることです。

「暴力団を孤立させ、資金供給を断つ」のは、国民の生活を守るために警察が行う仕事ではないのでしょうか。

また、「孤立させ、資金供給を断つ」という問題と、個々のヤクザの「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条)との衝突をどう整理するかという問題もあります。

表現の自由と、プライバシーの問題や公人の定義との兼ね合いがあいまいであることから、こんにちいずれの理念も中途半端になっている。その愚を繰り返してはなりません。

溝口敦氏は具体的にこう述べています。

たとえば父親が組員のため銀行口座を開けない。そのため授業料の自動引き落としができず、子供は現金で納入する。早晩、同級生に組員の子と知れ、いじめに遭う。子供は「暴力団関係者」だから、いじめられて当然なのか。逆に同級生が組員の子の家に遊びに行けば「密接交際者」になるのか。
このあいまいさは、いずれヤクザ以外の一般人にも影響を及ぼす可能性があることは10月1日にも書いたとおりです。

警察と暴力団の戦後史

近代「民主」警察は、自らが持てない「暴力性」を使って事を沈静化させたい時、ヤクザに取り入って利用した歴史があります。

終戦直後、“戦勝国民”と称した在日朝鮮人の身勝手な振る舞いを鎮めるために活躍したのは、70年代のヤクザ史に名を残す田岡一雄、地道行雄、菅谷政雄らの自警団、ギャング団でした。

ところが、恩知らず(笑)の警察は、戦後の「民主」化を進める1950年に団体等規制令によって暴力団解散に動きます。

それが朝鮮戦争が勃発すると、その規制はいつのまにかうやむやになります。

昭和30年代、港湾労働者の側に立ちながらも、非共産の港湾荷役協議会会員だった田岡三代目山口組組長は、国にとっては安心できる“リベラル”な活動家だったから黙認して一日署長すら任せました。

また、60年安保闘争のさなかであることから、警察はヤクザと共存する方策をとりました。

それが、山口組の勢力拡大抗争につながり、また昭和40年代になって社会も高度経済成長時代に入り、もはや戦後ではなくなると、今度はまた暴力団追放です。

頂上作戦と名付けて幹部を次々逮捕し、彼らから生業を切り離して資金源を断ちました。

しかし、だからといって警察は本気でヤクザ組織を壊滅しようとしたわけではありません。

では今回は本気なのか。

本気なら、こんなあいまいな条例ではなく、前述の問題をクリアした法律を作るべきでしょう。

近代民主社会で、暴力を否定するのはもっともなことです。

ただ、「暴力団追放」の本気度については、懐疑と監視の立場をとらざるを得ません。

以上、暴力団排除条例は、都民にとって物騒極まりない代物という物議を醸しています。「お粗末きわまりない条例」だからというもの、でした。


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