
高齢期の「成熟した依存」に「医療費も増えてる」という声に補足します
昨日、高齢期の「成熟した依存」について記事を書きましたが、こういう記事を書くと、必ずあるのが「医療費が増える……」という反論コメントです。情報源の趣旨を誤読させてしまう責任が私に生じてしまいかねないので、それについて補足します。
高齢者が、他人の助けはいらないと我慢して、転倒その他の事故を起こす前に、医療・介護の助けを受けたほうが良い、という記事を書きました。

それに対して、医療費の増加を懸念する、お定まりのコメントが一部有りました。
まず、厚生労働省の2022年(令和4年)「国民生活基礎調査」では、要介護になった原因の13.0%が「骨折・転倒」でした。
認知症23.6%、脳血管疾患19.0%に次ぐ割合です。
つまり、
「人に頼らず自分でやる」
↓
無理をして転倒する
↓
骨折する
↓
要介護状態になる
という経路は、単なる精神論ではなく、現実の介護発生要因として統計に現れています。
厚労省自身も、ロコモが進行すると転倒・骨折、活動量低下、筋力低下を経て、介護・寝たきりにつながり得ると説明しています。
ロコモとは、骨や関節、筋肉などの「運動器」が衰えることです。
「予防的にお金を使う」ことが、費用面でも合理的になっている
日本の65歳の男女を対象に、転倒予防運動プログラムの費用対効果を分析した研究があります。
2020年の日本理学療法士学会の研究では、医療費・介護費を含めて10年間の費用対効果をシミュレーションしたところ、
女性:155万900円/QALY
男性:227万7,086円/QALY
という結果でした。
研究では、500万円/QALY未満を費用対効果が良好とする閾値としており、男女ともその範囲内でした。
著者らは、日本における転倒予防運動プログラムは費用対効果が良好である可能性が高いと結論づけています。
つまり、
「医療・介護にお金を使うな」
ではなく、
「適切な時期にお金を使って、より大きな医療・介護負担を避ける」
という考え方が、もはや医療のあり方として「正解」になっているということです。
「医療費が増えている」のは事実だが……
厚労省が2025年10月10日に公表した2023年度国民医療費は、48兆915億円、国民1人当たり38万6,700円でした。
したがって、
「医療費は増えている」
という問題提起そのものは虚偽ではありません。
ただし、
「だから高齢者は医療や介護をできるだけ利用しないほうがいい」ではなく、結論は逆で、「できるだけ利用するほうが医療費も結果的に下がる」という話です。
「高齢者にお金を使ってもらう」という私の根拠
私は記事で、高齢者が消費しやすい社会がいいと書きました。
経済産業省が2015年に産業連関表を用いて行った試算では、60歳以上の高齢者世帯の消費活動は約106兆円。
それによって、日本の産業全体に、直接・間接に約174兆円の生産額(仕事量)が生み出されると試算されています。
もちろん、これは2011年の産業連関表を用いた試算なので、2026年現在の金額としてそのまま使うことはできません。
しかし、高齢者が消費しやすい社会は、経済が潤うという私の説の根拠には十分なるでしょう。
記事が本当に問題にしていること
まず整理しておきたいのは、元の記事を引いた私の記事が問題にしているのは「医療費を使うな」ということではありません。
記事が提起しているのは、次のようなリスクと視点です。
・自立にこだわって無理を重ねた結果、転倒・骨折や寝たきりを招き、かえって重度の医療・介護負担や本人のQOL低下という巨大な損失を生むリスク
・適切な道具や支援に早く頼ることで、自律した生活を長く保ち、消費や雇用を回すという社会循環の視点
つまり、議論の軸は「医療費を増やすか減らすか」ではなく、「無理な強がりが、結果としてどれだけ大きなコストと損失を生むか」ということです。
「予防的コスト」と「手遅れコスト」の混同
「我慢して病院や支援を避けること=医療費の抑制」と思い込んでいるケースが少なくありません。
しかし実際には、早期の通院や生活支援、テクノロジーの利用をケチって重症化・寝たきりになった際にかかる医療・介護コストのほうが、はるかに財政を圧迫します。
年間数百万円規模になることも珍しくありません。
無理な強がりこそが、一番ハイリスクな浪費である。この視点が抜け落ちています。
マクロの財政論とミクロの生存権の履き違え
日本の国民医療費(年間約47~48兆円規模)の増大は、国家の財政や制度設計(給付と負担のバランス、公定価格の設定など)として、政策側が議論すべきマクロの課題です。
一受給者である国民が、「自分が医療を受けると社会に申し訳ない」「医療費を増やしてしまう」と萎縮するのは、生存権や保険制度の本来の趣旨から外れています。
「迷惑=悪」という内面化された過剰道徳
「社会の重荷になってはいけない」「国の借金を増やす悪者になりたくない」というメディアの論調を素直に内在化してしまい、自らを監視・自粛する心理が働いています。
「制度を使う権利」を行使することに罪悪感を覚えるあまり、本来は自分を守るためのセーフティネットを自ら遠ざけてしまう倒錯が起きています。
受給者が遠慮することこそ、最大の不利益
他者の手や制度を借りてでも、自分の意志で生活を維持し、元気に外へ出て消費を行うこと。それこそが、結果として社会全体の損失を最小限に抑えます。
受給者が過剰な遠慮で健康を損なうことこそ、誰にとっても最大の不利益です。
医療費が増えているように見えても、その中身を見れば、「早めに頼ることで防げたはずの重症化コスト」が少なからず含まれているはずです。
受給者の自殺行為に音要らないよう
ということで、結論は先に書いてしまいましたが、「介護サービスはなにか起こる前に利用するほうが医療費も結果的に下がる」ということです。
あまり小難しいことを書いてもどうかなと思い、全開はなるべく簡潔に書きましたが、なかなか伝わらない。
伝えるように言語化することは難しいことだなと、若干気落ちしています。
マスコミが「医療費が……」というと、そこだけを鵜呑みにして「病院を使うのは悪いこと」と思い込んでしまうのは、受給者の自殺行為だと思いますよ。
経済産業省は、2026年3月改訂の「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」で、2030年時点で仕事をしながら家族介護をする人が約318万人、介護に伴う経済損失が約9兆円になるとの試算を紹介しています。
介護会社に頼めば雇用創出して景気に貢献。自宅介護では経済損失が約9兆円。
どっちが得か損かは、幼稚園児にだってわかりますよね。
まあこう書くと、今度は「自宅介護はゼニカネでやってるんじゃない」とか論点そらしを言い出す人が出てくるのでここらでやめておきますが、元記事はそうした経済的根拠を含めて書かれています。
ま、これでも「医療費が……」といって我慢されるのはご自由ですが、ご自身に何かあったとき、結局ご家族やお身内の方がいちばん迷惑するので、それこそ「やらずもがな」の迷惑は未然に防がれたほうがいいのではないかと思います。


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