日本の知の拠点が消える?公立図書館が直面する「驚きの実態」と静かな危機。資料費激減・専門性の空洞化…削られる「国の未来

日本の知の拠点が消える?公立図書館が直面する「驚きの実態」と静かな危機。資料費激減・専門性の空洞化…削られる「国の未来

公立図書館に対して、どのようなイメージをお持ちでしょうか。「静寂の中で自由に知識に触れられる、市民の憩いの場」――そんな平和な光景を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、その足元では今、私たちの「知の拠点」が音を立てて崩れようとしています。

行政の現場で何が起きているのか。統計が示す日本の図書館の現状は、私たちが抱く理想とはかけ離れた「苦境」そのものです。なぜ今、図書館の危機を知ることが重要なのか。それは、図書館の衰退が私たちの「知る権利」の剥奪であり、地域の文化的な豊かさを根底から揺るがす死活問題だからです。

先進国でも「最低レベル」の設置数


まず直視すべきは、日本の公立図書館の絶対的な少なさです。現在、日本国内の公共図書館数は約3,300館。一見すると十分な数に思えるかもしれませんが、国際的な視座に立つとその脆弱さが浮き彫りになります。

例えば、人口が日本の約半分に過ぎないフランスには、約8,000館もの公共図書館が存在します。また、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうち、データが確認できた36カ国の中で、日本の人口当たりの図書館数は31位。先進国の中でも「最低レベル」に位置しているのが現実です。

日本が「図書館大国」ではないという事実は、市民が情報にアクセスする機会が構造的に制限されていることを意味します。図書館が身近にないことは、居住地や経済力に関わらず平等に知識を得るという「知る権利」の基盤が、他国に比べて極めて脆い状態にあるという冷徹な現実を突きつけているのです。

職員の7割が「非正規」という現場の歪み

図書館を支える「人」の現場も、深刻な歪みを抱えています。現在、図書館職員の非正規雇用率は7割を超えており、専門職でありながら不安定な雇用形態に置かれる「官製ワーキングプア」の代表格とも称される事態に陥っています。

金城学院大学の薬師院はるみ教授は、この現状について次のように警鐘を鳴らしています。

「高度な専門性が必要とされる人たちが不安定な雇用条件に置かれることは、知識や経験の蓄積を困難にしかねず、望ましくはありません。」

司書は単に本を貸し出すだけの作業員ではありません。資料の高度な選定や管理、そして利用者の問いに応えるレファレンス(情報提供)を担う、地域知のコンシェルジュとも呼ぶべき専門職です。その価値が軽視され、短期間で人が入れ替わる使い捨てのような雇用が続けば、図書館に蓄積されるべき「地域の知の経験」は散逸してしまいます。専門性の断絶は、民主主義を支えるインフラの「空洞化」を招き、私たちが享受できるサービスの質を静かに、しかし確実に蝕んでいくのです。

ピーク時の6割まで激減した「資料費」と「専任職員」

図書館の「中身」そのものも、削り取られ続けています。この30年間で、1館あたりの資料費(本などを購入するための予算)および専任職員数は、いずれもピーク時の約6割まで減少しました。

この背景には、2014年に総務省が策定を要請した「公共施設等総合管理計画」の存在があります。自治体は公共施設の需要を見極めた上での「縮小・再編」を迫られており、図書館もまた行政改革という名の圧力の標的となっています。

しかし、予算の削減は単なる「節約」で済む話ではありません。新しい知識の導入が滞り、それを支える専門家が現場を去ることは、地域の文化資産がじわじわと「枯渇」していく過程に他なりません。一度失われた蔵書や、途絶えてしまった専門的な知見を再生するには、目先の削減で得た端金とは比較にならないほどのコストと、気の遠くなるような時間が必要になるのです。

図書館法に潜む「作らなくてもいい」という抜け穴

なぜ、これほどまでに日本の図書館は守られないのでしょうか。その根源的な要因の一つは、1950年に施行された「図書館法」の構造的な欠陥にあります。

驚くべきことに、この法律には自治体に対する図書館の設置義務も、司書の配置義務も明記されていません。あくまで自治体の「任意」とされているため、行政改革の議論が持ち上がった際、真っ先に切り捨てやすい存在となってしまっています。

さらに深刻なのは、司書の配置が義務化されていないことで、専門知識を持たない未資格者だけで運営できてしまうという「抜け穴」が存在することです。法律が定める「任意」という言葉は、行政にとっては「作らなくても、専門家がいなくても法的には問題ない」という格好の免罪符となります。この法的根拠の弱さが、地域の公共サービスを、いつ切り捨てられてもおかしくない極めて危ういものにしているのです。

私たちの「知のインフラ」をどう守るか

これまで見てきた通り、日本の図書館は設置数、雇用、予算、そして法的根拠という、あらゆる側面で危機に瀕しています。図書館は単に「無料で本を借りる場所」ではありません。誰もが平等に知識にアクセスでき、地域の記憶を未来へと保存する、現代社会に不可欠な「知のインフラ」です。

今、各地で進む施設の縮小や再編の裏側で、私たちは目先の効率化と引き換えに、地域の文化的な未来を切り売りしているのかもしれません。自治体の予算が削られるとき、私たちは何を失っているのか。その問いを放置すれば、地域の知性は確実に痩せ細っていきます。

公共の場としての図書館を維持し、次世代に引き継いでいくために、私たち市民に何ができるでしょうか。まずは「当たり前にあるはずの場所」が、実は非常に危ういバランスの上に立っているという事実に目を向け、その価値を再定義することから始めなければなりません。

新しい、美しい日本の図書館 - 立野井 一恵
新しい、美しい日本の図書館 – 立野井 一恵

コメント