2025年10月、イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」が発表した世界大学ランキングで、京都大学は61位にランクされました。
前年の55位から順位を下げる結果となり、東京大学の26位に続く日本第2位という位置づけです。
しかし、これと同時期にノーベル賞の発表があり、日本人受賞者として坂口志文・京都大学名誉教授(生理学・医学賞)と北川進・京都大学特別教授(化学賞)の2名が選ばれたことは、まさに快挙というべきニュースでした。この二つの出来事から、私たちは何を読み取るべきなのでしょうか。
ランキング低下と研究力の矛盾が示すもの
世界大学ランキング、東京大学26位に上昇(無料記事)https://t.co/kfTDc7QCUk
イギリスの教育データ機関が発表。日本勢は京都大学が55位から61位に下がった一方、東北大学が103位、大阪大学が151位に順位を上げました。 pic.twitter.com/8kDqJ4veDO
— 日本経済新聞 電子版(日経電子版) (@nikkei) October 12, 2025
大学ランキングが下がっているのに、なぜノーベル賞受賞者が次々と生まれるのか。この一見矛盾した状況は、実は深い意味を持っています。
大学ランキングは「教育環境」「研究環境」「研究の質」「産業への貢献」「国際性」といった複数の指標から総合的に評価されます。これらは確かに大学の現在の姿を映す鏡ではありますが、今年のノーベル賞受賞者たちの業績は、数十年前の研究の積み重ねによるものです。つまり、ランキングは「今の大学」を評価していますが、ノーベル賞は「過去の研究環境」が生み出した成果を評価しているのです。
京都大学がノーベル賞受賞者を数多く輩出している事実は、かつての日本の研究環境が世界トップレベルであったことを示しています。しかし、現在のランキング低下は、今後の研究力に黄信号が灯っていることを意味しているかもしれません。
国際協力がノーベル賞を生む
気にしない。
61位の京都大学は今年2人もノーベル賞受賞者をだした。
このランキングで京都大学より上位になっている大学でノーベル賞受賞者を出した大学はない。 https://t.co/w5JxE6Igog— 有馬哲夫 (@TetsuoArima) October 12, 2025
ノーベル賞を受賞した研究者たちの業績を詳しく見ると、もう一つの重要な事実が浮かび上がってきます。それは、国際的な研究環境と支援の重要性です。
今回受賞した坂口氏や北川氏をはじめ、日本人ノーベル賞受賞者の多くは、欧米の研究機関との共同研究や、国際的な助成金・奨学金を得て研究を継続してきました。日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹氏も、プリンストン大学での研究期間が重要な役割を果たしたことは広く知られています。
つまり、「日本人研究者」という括りではあっても、その成果は決して日本国内だけで完結したものではなく、国際的な研究ネットワークと支援があってこそ生まれたものなのです。研究に国境はありません。優れた研究者たちは、世界中の知恵と資源を結集して、人類共通の課題に挑んできたのです。
留学生支援削減がもたらす未来への懸念
そんな中、2025年7月、日本政府は博士課程の学生への生活費支援から留学生を除外する方針を決定しました。「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」において、年間最大240万円の生活費支給を、2027年度から日本人学生のみを対象とするというものです。
この決定には、深刻な懸念が含まれています。研究の世界は相互主義で成り立っているからです。日本が留学生への支援を打ち切れば、他国も日本人研究者への支援を見直すかもしれません。過去のノーベル賞受賞者たちが海外の支援を受けて研究を続けてこられたように、未来の日本人研究者も海外での支援を必要とするかもしれません。
しかし、日本が留学生を排除する姿勢を見せれば、日本人研究者が海外で同じように排除される可能性が高まります。これは、日本の科学技術の将来にとって、大きなリスクとなるでしょう。
さらに、優秀な留学生が日本を避けるようになれば、日本の研究環境そのものが停滞します。多様な背景を持つ研究者が集まることで、新しい発想や発見が生まれるのです。閉鎖的な環境では、イノベーションは起こりにくくなります。
ランキングより大切なもの:個人の「志」
ここまで、大学ランキングの低下や国際協力の重要性について述べてきましたが、最後に最も大切なことをお伝えしたいと思います。それは、「大学のブランドよりも、自分が何をしたいかが重要である」ということです。
京都大学が61位であっても、ノーベル賞受賞者を輩出し続けているという事実は、ランキングが研究者個人の可能性を制限するものではないことを示しています。重要なのは、大学のネームバリューではなく、その大学で何を学び、何を研究し、どんな志を持って取り組むかなのです。
確かに、大学ランキングは施設の充実度や教育環境の質を測る一つの指標として意味があります。しかし、それはあくまで「環境」の評価であり、そこで学ぶ「個人」の可能性とは別のものです。
坂口氏も北川氏も、おそらく大学のランキングを気にして研究していたわけではないでしょう。彼らは自分の探究したいテーマに情熱を持ち、それを追求し続けた結果、世界的な評価を受けることになったのです。
これからの日本が向き合うべき課題
日本の科学技術の未来を考えるとき、私たちは三つの重要な視点を持つべきです。
第一に、大学ランキングの向上と研究環境の改善は継続すべき課題です。ランキングが全てではありませんが、研究環境が悪化していることを警告するシグナルとして受け止め、改善に努める必要があります。
第二に、国際的な開かれた姿勢を維持することです。留学生を排除するのではなく、世界中から優秀な人材が集まる環境を作ることが、日本の研究力を維持・向上させる鍵となります。相互主義の精神を忘れず、国際的な研究コミュニティの一員として貢献し続けることが重要です。
第三に、個々の学生や研究者が自らの志を大切にできる環境を整えることです。大学のブランドに頼るのではなく、一人ひとりが「何をしたいのか」「何を解明したいのか」という問いに向き合える教育システムが必要です。
おわりに
京都大学が世界ランキングで61位になったというニュースと、同大学から2名のノーベル賞受賞者が生まれたというニュースは、一見矛盾しているようでいて、実は多くのことを教えてくれています。
ランキングは重要な指標ですが、それが全てではありません。研究には国際的な協力が不可欠であり、閉鎖的な姿勢は未来の可能性を狭めます。そして何より、個人の志と情熱こそが、本当の意味での研究の原動力なのです。
これから大学を選ぶ若い世代の皆さんには、ランキングだけにとらわれず、「自分は何を学びたいのか」「どんな研究者になりたいのか」という問いを大切にしてほしいと思います。そして、政策を決める立場にある方々には、短期的な成果や国内だけの視点ではなく、長期的で開かれた視野に立った判断をお願いしたいのです。
日本の科学技術の未来は、今の私たちの選択にかかっています。
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