参政党の神谷宗幣代表による「終末期医療全額自己負担」提案が抱える5つの深刻な問題~弱者切り捨てではない真の医療改革を~

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参政党のの神谷宗幣代表による「終末期医療全額自己負担」提案が抱える5つの深刻な問題~弱者切り捨てではない真の医療改革を~

参政党の神谷宗幣代表が打ち出した「終末期の延命措置医療費の全額自己負担化」という政策提案が、医療関係者や市民団体から強い反発を招いています。

朝日新聞の報道によれば、神谷代表は「みとられる時に蓄えもしないと大変だと啓発する思いで入れた」と述べていますが、この発言は医療現場の現実をあまりにも軽視した危険な提案と言わざるを得ません。

本記事では、この提案が抱える根本的な問題点を5つの視点から詳細に分析し、真に必要な医療制度改革の方向性について考えていきます。

問題1:医学的に定義不可能な「終末期」の線引き

曖昧な「終末期」の定義

最大の問題は、「終末期医療」という概念そのものが医学的に明確に定義できないという点です。厚生労働省の「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」でも、終末期の定義は極めて曖昧で、実際の医療現場では医師の判断に委ねられているのが現状です。

具体例から見る判断の難しさ

例えば、88歳の高齢者が誤嚥性肺炎で入院した場合を考えてみましょう。この時点で、その患者が「終末期」にあるのか、適切な治療で回復可能な状態なのかを即座に判断することは、臨床経験豊富な医師でも困難です。誤嚥性肺炎は高齢者の主要な死因の一つですが、適切な抗生物質治療で完治するケースも少なくありません。

日本老年医学会の調査によれば、70歳以上の高齢者の誤嚥性肺炎による入院患者は毎日約2万人に上り、年間の入院費用は約4,450億円と推計されています。これらのケースを一律に「終末期医療」として扱うことは、医学的にまったく妥当ではありません。

医療現場の混乱必至

もしこの政策が実施されれば、医師は毎日のように「この治療は終末期に該当するか」という判断を迫られ、医療現場は混乱に陥ることでしょう。さらに深刻なのは、医師の判断が患者の経済的負担を直接決定することになるため、医療従事者に過度の精神的負担がかかる点です。

問題2:高齢者と家族に押し寄せる経済的負担

現在の高齢者医療制度

現行制度では、75歳以上の後期高齢者の医療費自己負担は原則1割(一定以上の所得者は2割または3割)で、月額の自己負担には上限が設けられています。例えば、年間所得が156万円以下の後期高齢者(住民税非課税世帯)の場合、入院時の自己負担上限は月15,000円です。

全額負担化が意味すること

これが全額自己負担となった場合、同じ治療でも負担額は数十倍に跳ね上がります。具体的な数字で見てみましょう:

  • 肺炎治療(2週間入院):現行制度では上限15,000円 → 全額負担なら約50-70万円

  • 人工呼吸器管理(1ヶ月):現行制度では上限15,000円 → 全額負担なら100万円以上

  • 化学療法(1コース):現行制度では上限57,600円(高額療養費制度適用後) → 全額負担なら200万円以上

迫られる「命の値段」という選択

このような経済的負担が生じれば、多くの家族は「治療を続けるべきか、経済的理由で諦めるべきか」という苦渋の選択を迫られることになります。例えば、老老介護の家庭で要介護の配偶者が肺炎になった場合、全額負担の治療費を支払うことはほぼ不可能でしょう。

問題3:医療格差の拡大と憲法違反の懸念

憲法25条が保障する「生存権」

日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定しています。終末期医療の全額自己負担化は、経済力によって受けられる医療に格差を生じさせ、この憲法の理念に明らかに反します。

生じる二層化の危険性

この政策が実施されれば、以下のような医療の二層化が進むことが予想されます:

  1. 富裕層:私立病院のVIP病棟で最新治療を受けることができる

  2. 中間層:貯蓄を取り崩して治療を受けるかどうか悩む

  3. 低所得層:治療を諦めるか、公的支援を申請するしかない

このような医療格差は、社会の分断をさらに深めることになるでしょう。

問題4:医療現場への悪影響

医師の判断への不当な圧力

全額自己負担制度が導入されれば、医師は治療方針を決定する際に、医学的根拠だけでなく患者の経済状況を考慮せざるを得なくなります。これは医療の公平性を根本から損なう危険性があります。

「萎縮医療」の蔓延

以下のような悪影響が懸念されます:

  • 過剰な終末期診断:経済的負担を考慮し、本来は回復可能な患者にも終末期診断が下される

  • 治療の先送り:症状が悪化するまで積極的な治療を行わない

  • 防衛的医療:訴訟リスクを恐れ、必要以上の検査や治療が行われる

日本医師会の調査によれば、すでに78%の医師が「医療訴訟を恐れて診療方針を変更したことがある」と回答しています。全額負担制度はこの傾向にさらに拍車をかけるでしょう。

問題5:社会保障の理念からの逸脱

社会保障の基本原則

社会保障制度は「相互扶助」を基本理念としており、健康な人が病人を支え、若者が高齢者を支えるという世代間の連帯によって成り立っています。終末期医療の全額自己負担化は、この理念を根本から覆すものです。

高齢化社会の現実

確かに、日本の医療費は年間約44兆円(2021年度)で、このうち65歳以上が占める割約は約6割に上ります。しかし、これは高齢者が多いという人口構造上の問題であり、個人の責任に帰すべき問題ではありません。

真の医療改革に向けた5つの提言

以上の分析から明らかなように、終末期医療の全額自己負担化は多くの問題を孕んでいます。では、どのような改革が本当に必要なのでしょうか?

1. 予防医療の徹底的強化

  • 口腔ケアによる誤嚥性肺炎予防(実施で肺炎発症率を約40%減少)

  • 定期健康診断の充実(AIを活用した個別化予防プログラム)

  • フレイル(老年症候群)対策の推進

2. 在宅医療・地域包括ケアの拡充

  • 24時間対応可能な在宅医療体制の整備

  • 地域の医療・介護資源の統合(「30分圏内医療圏」の構想)

  • 遠隔医療の本格導入(オンライン診療の保険適用拡大)

3. 医療の効率化と無駄の削減

  • 重複検査の削減(電子カルテの全国的な連携)

  • ジェネリック医薬品の使用促進(現在の使用率76%→90%目標)

  • 終末期の不適切な延命治療の見直し(ACPの推進)

4. 医療財政の持続可能な改革

  • 後期高齢者医療制度の見直し(現役世代との負担バランス調整)

  • 健康寿命延伸による医療費適正化(健康寿命と平均寿命の差を縮小)

  • 公的医療保険の一元化検討(現在の保険者数を整理統合)

5. 国民的議論の促進

  • 終末期医療に関する国民的合意形成

  • 医療資源配分の倫理的基準の明確化

  • 多死時代に対応した死生観の醸成

おわりに:誰もが尊厳を持って最期を迎えられる社会へ

参政党の提案は、一見すると「自己責任」を強調するわかりやすい解決策のように見えます。しかし、医療という人間の最も基本的な権利に関わる問題を、単純な経済論理で切り捨てることは許されません。

私たちが目指すべきは、高齢者や病人を社会の負担と見なすのではなく、あらゆる世代が互いに支え合い、誰もが必要な医療を受けられる社会です。そのためには、安易な負担増ではなく、医療システム全体の構造改革が必要不可欠です。

超高齢社会という未曽有の課題に直面する日本において、真に持続可能で公平な医療制度を構築するためには、国民一人ひとりがこの問題を自分事として捉え、建設的な議論に参加することが求められています。

終の選択: 終末期医療を考える - 田中 美穂, 児玉 聡
終の選択: 終末期医療を考える – 田中 美穂, 児玉 聡

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