文科省の統計から特別支援学校の生徒数をを除外していた問題ー障害のある子どもたちの「不可視化」は何を意味するのか

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文科省の統計から特別支援学校の生徒数をを除外していた問題ー障害のある子どもたちの「不可視化」は何を意味するのか

文部科学省が発表する国の基幹統計である「学校基本調査」において、特別支援学校の生徒数などが含まれずに12種類もの統計が計算されていたことが明らかになりました。

2025年12月26日、松本洋平文部科学大臣は記者会見で「長年にわたり、問題点の認識に至らず、漫然とその状態を放置していたことは大いに反省をしなければならない」と謝罪しました。

しかし、この問題は単なる統計上のミスではありません。障害のある子どもたちが、日本の教育統計という公的な場から約半世紀以上にわたって除外され続けてきたという、構造的な差別の現れなのです。

何が問題だったのか——約46万人が「存在しないこと」にされていた

今日の情報源です。

文科省が発表した調査結果によると、大学進学率や高校進学率など12種類の重要な統計を算出する際、特別支援学校中学部や高等部の卒業者数が「18歳人口」の集計から除外されていました。具体的には、2024年度の大学進学率は59.1%と「過去最高」と発表されましたが、特別支援学校を含めると58.6%に修正されることになります。

数字の差はわずか0.5ポイントに思えるかもしれません。しかし、2024年度だけで約1万人の特別支援学校卒業生が統計から除外されており、1954年から2024年度までの71年間では累計約46万人もの卒業生が集計から消されていたのです。

この統計は、中央教育審議会での討議資料や政策決定の重要な参考資料として使われてきました。つまり、日本の教育政策は、障害のある子どもたちを「いないもの」として扱った数字をもとに決定されてきたということです。

なぜこのようなことが起きたのか——「少数例外者」という差別的視点

文科省は除外の理由を「不明」としていますが、過去の資料には「少数例外者」として特別支援学校の生徒を扱っていたという記録も残っています。障害のある子どもたちを「例外」「特殊」として扱い、メインストリームの教育統計から除外することが、当たり前のこととして長年継続されてきたのです。

担当の総合教育政策局長ら職員3人が事務次官による注意を受けたと発表されましたが、この問題は特定の個人の責任だけで済む話ではありません。過去数十年にわたり、多くの文部官僚や文部科学官僚がこの統計を目にしながら、誰も問題視しなかった。その事実こそが、日本の教育行政における障害者差別の根深さを物語っています。

当事者への謝罪が不可欠——統計の修正だけでは終わらない

松本文科相は会見で謝罪しましたが、それは統計の誤りに対する謝罪であって、障害のある子どもたちとその家族に対する直接的な謝罪ではありません。

統計から除外されるということは、社会から「見えない存在」として扱われることを意味します。自分の子どもが国の統計に含まれていなかったと知った保護者の方々は、どれほど深く傷ついたでしょうか。特別支援学校で学んできた当事者の若者たちは、自分たちの存在が国に認識されていなかったという事実をどう受け止めればよいのでしょうか。

文科省は、統計の数字を修正するだけでなく、障害のある子どもたちとその家族に直接向き合い、当事者の声を聞き、真摯に謝罪する場を設けるべきです。

特別支援学校からの大学進学——奪われている機会

現在、特別支援学校高等部から大学に進学する生徒は確実に存在します。各大学では障害のある学生への合理的配慮が義務化され、支援体制の整備が進んでいます。特別支援学校からの大学進学は、もはや「例外」ではなく「当たり前の選択肢」になりつつあるのです。

しかし現実には、多くの特別支援学校で就労支援が優先され、大学進学を目指す生徒への指導ノウハウが不足しています。進学指導が充実している特別支援学校は一部に限られ、「近所の特別支援学校では大学進学は難しい」と進路を諦めざるを得ない生徒もいます。

学ぶ能力があり、大学で学びたいという意欲を持つ若者から、進学の機会を奪っているケースは決して少なくありません。就労か進学か——その選択肢を本人と家族が自由に選べる環境が整っていないのです。

「定員内不合格」という差別——公立高校でも続く排除

さらに深刻なのが、公立高校入試における「定員内不合格」の問題です。志願者数が定員を下回っているにもかかわらず、障害のある受験生が不合格にされるケースが全国で相次いでいます。

文科省の調査によると、2022年度は延べ1,631人、2023年度は2,004人が定員内不合格となっています。障害を理由に「教育を受ける権利」を奪われている生徒たちが、毎年数千人規模で存在しているのです。

2024年には、定員割れの熊本県立高校を受験した知的障害のある男性が不合格となり、「障害者差別だ」として人権救済を申し立てる事態にもなりました。定員に空きがあるのに、障害があるというだけで学ぶ機会を奪われる——これは明白な差別です。

興味深いのは、埼玉、東京、神奈川、愛知、滋賀、大阪、兵庫などの都道府県では定員内不合格を出していないという事実です。自治体によって対応が大きく異なり、どこに住んでいるかで障害のある生徒の教育機会が左右される現状は、教育の機会均等の観点から看過できません。

今、何が必要なのか

今回の統計除外問題は、日本の教育行政が障害のある子どもたちをどう扱ってきたかを象徴的に示しています。必要なのは以下の対応です。

第一に、当事者への真摯な謝罪と対話です。統計を修正するだけでなく、障害のある子どもたちと家族に直接向き合い、彼らの声を聞く場を設けるべきです。

第二に、特別支援学校における進学指導の充実です。就労支援だけでなく、大学進学を希望する生徒への指導体制を全国的に整備する必要があります。

第三に、定員内不合格の全面的な見直しです。障害があるという理由だけで教育機会を奪う慣行は、直ちに廃止されるべきです。

そして第四に、過去に関わった全ての文部官僚・文部科学官僚の責任の所在を明確にすることです。長年にわたり問題を放置してきた組織としての責任を明らかにし、二度と同じ過ちを繰り返さない仕組みを構築しなければなりません。

障害のある子どもたちは「例外」でも「特殊」でもありません。一人ひとりが尊重され、その能力を最大限に発揮できる教育環境を整えることが、文科省に課せられた本来の責務です。今回の問題を単なる統計の修正で終わらせず、日本の教育における障害者差別を根本から見直す契機とすべきです。

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