小松政夫さん(1942年1月10日~2020年12月7日)の訃報で持ちきりです。長くテレビや映画、舞台などで仕事をしてきたからだと思います。それらの原点は、書籍『のぼせもん』『のぼせもんやけん2 植木等の付き人時代のこと』(竹書房)などに書かれています。
俳優、小松政夫の仕事
小松政夫と言えば、私が最初に印象に残ったのが、竹脇無我版『坊っちゃん』(1970年10月26日~1970年11月30日、松竹/NTV)のうらなり役です。
坊っちゃん
ご存知、夏目漱石の名作で、すでに何度もテレビドラマや映画化されていますが、当時松竹がフィルムドラマを制作しました。
四国松山の中学に赴任した一本気な江戸っ子教師・小川次郎の奮闘ぶりをユーモラスに描いています。
一本気な江戸っ子教師・小川次郎は竹脇無我。
学校にいるのは校長のたぬき(松村達雄)や教頭の赤シャツ(米倉斉加年)。
教頭の腰巾着のような同僚教師の野だいこ(牟田悌三)。
マドンナは山本陽子、山嵐は田村高廣、そしてうらなりが小松政夫でした。
イメージ的に、米倉斉加年がうらなりでも合いましたが、赤シャツが米倉斉加年で、うらなりが小松政夫とは、またうまいキャスティングをしたものだと感心したものです。
前略おふくろ様
『前略おふくろ様』(1975年10月17日~1976年4月9日、NTV)では、板前の政吉役を演じました。
無駄口は叩かずに仕事をする様、仲居さんたちと醜聞を楽しむ休憩時間などの演技は、まるで板前の世界を経験したんじゃないかと思えるほどでした。
番組が終了も、萩原健一、梅宮辰夫と、「また3人で一緒に仕事をしよう」と誓いあったそうですが、同作はパート2が制作されました。
ゆうひが丘の総理大臣
『ゆうひが丘の総理大臣』(1978年10月11日~1979年10月10日、ユニオン映画/NTV)では、大岩雄二郎(中村雅俊)と対立し、東郷教頭(宍戸錠)の腰巾着である伊井加一先生を演じました。


『坊っちゃん』でいえば、今度は野だいこに当たる役に回ったわけですが、たんなる腰巾着としてだけでなく、ヒロインの百田櫻子先生(由美かおる)を取られたくないという、もっぱら自分で勝手に思い込んだ恋敵としても対立していた役どころでした。
『のぼせもん』に書かれている芸能人としての原点
こうした仕事の原点は、芸能界入りのいきさつと、クレージーキャッツの植木等さんとの大切な思い出を述懐した書籍『のぼせもん』『のぼせもんやけん2 植木等の付き人時代のこと』(竹書房)に書かれています。
たとえば、『のぼせもんやけん2 植木等の付き人時代のこと』では、コメディアンになりたくて福岡から上京。
いったんは就職して横浜トヨペットのトップセールスマンまでのぼりつめた小松政夫こと松崎雅臣が、夢を諦めきれず、月給93%ダウンで植木等の付き人、というよりボーヤ兼運転手に転職。
デビューするまでのエピソードを書いています。
読むと、小松政夫さんが植木等さんに育てられ、いかに温かい心をもった方であるかがわかります。
たとえば、植木等さんは、小松政夫さんに「食べろ」「休め」という“命令”をするとき、一方的な言い方はしません。
それでは、小松政夫さんが気を使ってそれらをきちんとしないだろうと考えたからです。
そこで、お店では、さも自分が食べるようにたくさん頼んで、出来上がると「腹いっぱいだから手伝ってくれ」とそれを小松政夫さんに渡し、休むときは「自分も疲れているから休もう」と言ったそうです。
スターが、ボーヤに対して、自分を道化にしてまで気を使う。
小松政夫さんもその教えを守ったそうです。
こういう芸能人は今いないんじゃないでしょうか。
自らの集大成としてのクレージー映画解説
小松政夫さんは、自らの原点としての、植木等さんとの師弟関係を大切にしています。
そんな小松政夫さんにとって、まさに集大成と言える仕事が、2013年4月から隔週2年余りかけて発売された、『東宝 昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』(講談社)です。
同誌は、東宝の1960年代の屋台骨を支えた、植木等やクレージーキャッツの主演映画、森繁久彌の社長シリーズ、喜劇駅前シリーズ、コント55号、てなもんやなどの喜劇を、DVD収録とともに、当時の懐かしいスナップや犬塚弘の解説などでまとめたDVDマガジンです。
その映画本編の前に、小松政夫さんの解説が全編入っています。
小松政夫さんがディーラーのトップセールスマンだった頃、芸能界入りを決めた作品や、自身が植木等さんの付き人時代に端役やエキストラで出演した作品などを、功成り名を遂げた自分が改めて解説するという、感慨深い仕事だったと思います。
私は全編拝見しましたが、当時のエピソードもふんだんに盛り込んだ大変に素晴らしい解説でした。
小松政夫さんの生前のご遺徳をお偲び申し上げます。
以上、小松政夫さん訃報で思い出す『のぼせもん』『のぼせもんやけん2植木等の付き人時代のこと』に書かれた植木等さんとの関係、でした。
のぼせもんやけん―昭和三〇年代横浜~セールスマン時代のこと。 – 小松政夫
コメント