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『思い出のカバーソング40選』という週刊誌の記事から、カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)の背景や意義を考える

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『思い出のカバーソング40選』という週刊誌の記事から、カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)の背景や意義を考える

『思い出のカバーソング40選』という週刊誌の記事から、カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)の背景や意義を考えてみました。カバーソングとは、以前リリースされたものの、もともとの歌手や作詞家などとは別の楽曲です。

部屋を片付けていたら、『週刊アサヒ芸能』(2013年3月28日号)が出てきました。

ページをめくると、カラーページでは、「思い出のカバーソング40選」というタイトルで、文字通りカバー曲40曲をレコードジャケットと解説のキャプションによって紹介しています。

内容をご紹介しつつ、カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)について考えてみましょう。

カバーソングとは何だ

カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)とは、過去に他のアーティストが発表した楽曲を、再び演奏・歌唱して発表すること、またはその楽曲のことです。

「えっ、持ち歌というくらいで、『過去』の楽曲はそのアーチストのものじゃないの?」

と、思われますか。

提供しているのは、作詞家と作曲家で、それ自体は作詞家や作曲家に権利があります。

歌手の場合、パブリシティ権は、歌い方とか衣装とか、その歌手の表現方法にあり、他の歌手が歌うこと自体は「持ち歌横取り」というわけではなさそうです。

ですから、同時期に同じ楽曲を、異なる複数の歌手で歌う「競作」もあるわけです。

時期がずれればガバー(カヴァー)。

時期が一緒なら競作ですね。

カバーソングのあり方

カバーソングのリリースには様々な背景があります。

が、同誌によると昨今の傾向は、「CD市場の不況で、未知数の新譜より、なじみの曲のほうが売れる」という理由によるもの。

もちろん、たんなるかつてのヒット曲の「夢よもう一度」商法では、とくにオリジナル曲のファンから叩かれてしまうかもしれません。

が、“その歌手だけのもの”にせず、別の歌手によって歌ったらどうなるのか、今の時代にあの曲は受け入れられるか、というテーマは商業的な意図がどうであろうが興味深いものであることは確かです。

同誌はカバーソングのあり方をこう述べています。

ただし、カバーの魅力とはオリジナルに負けない「高い技術」と、ただのコピーではない「斬新なアレンジ」が不可欠。女歌を歌いこなす徳永英明や、デュエットの形でシリーズ化した稲垣潤一などは好例であろう。安易にカバーに手を出して「これはヒドい」と叩かれるケースもチラホラ。
 かつては美空ひばりが全編ジャズのスタンダードを歌い、ちあきなおみは戦前からの流行歌を新解釈でカバーして、いずれも高い評価を受けた。稀代の歌姫は、このジャンルにおいても実力を見せつけるようだ。
 もう1つ、作り手の執念が花開いたケースもある。71年にレコード大賞を獲得した尾崎紀世彦の「また逢う日まで」は、もともとはGSのズー・ニー・ヴーが歌った「ひとりの悲しみ」だった。これを作詞家・阿久悠が尾崎のために歌詞を変え、みごと大ヒットに結びつけた。こうした「プロの衿持」が、カバー全盛の今に生かされるだろうかー一。

40曲のうち、トップページで紹介されているのは『17才』(南沙織→森高千里)、『木綿のハンカチーフ』(太田裕美→綾瀬はるか)、『素敵なラブリーボーイ』(林寛子→小泉今日子)の3曲。

う~ん。

綾瀬はるかのカバーというのは正直初めて知りました。

『赤いスイートピー』もカバーしているんですね。

キャプションにも、「ヒットにはならず」と書かれています。

なのにトップページに持ってくるのか? 

と思いましたが、今の綾瀬はるかの商品価値や編集者の好みなのかもしれませんね。

太田裕美という人は、昔『ぎんざNOW!』という番組で歌っていて、その頃は子供心に、ピアノを前に歌う清楚なお姉さんというイメージが強かったのです。

その10年後ぐらいに、ある仕事で話をする機会があり、あの舌足らずな話し方はテレビそのままでしたが、いわゆる“タメ口”をきかれて、ちょっと戸惑ってしまったことがあります。

綾瀬はるかは、そのどちらの太田裕美とも異なるキャラクターであり、どうしてカバーしたのかよくわかりません。

みなさんは、カバーソングというとどんな楽曲を思い浮かべますか。

「あー、やんなっちゃった」もカヴァー

それ以外に同誌では、こんな楽曲が取り上げられています。一部ご紹介します。

  • 『まちぶせ』(三木聖子→石川ひとみ)
  • 『ブルーライトヨコハマ』(いしだあゆみ→上原多香子)
  • 『恋のフーガ』(ザ・ピーナッツ→ダブルユー)
  • 『いい日旅立ち』(山口百恵→鬼束ちひろ)
  • 『夢の中へ』(井上陽水→斉藤由貴)
  • 『学園天国』(フィンガー5→小泉今日子)
  • 『僕が僕であるために』(尾崎豊→中村あゆみ)

『大阪で生まれた女』(萩原健一→BORO)というのもありますが、これは時期的に見てカバーではなく競作といっていいのではないかと私は思います。

トップページにも出てきましたが、『学園天国』もカバーしている小泉今日子。

彼女の主演映画といえば、刈り上げおかっぱ頭で仁王立ちのスチール写真が記憶に残る『生徒諸君!』がありますが、あれは庄司陽子原作で、すでにテレビでは榊原郁恵が『ナッキーはつむじ風』でドラマ化していますし、JR東日本のCMで歌っていた「あー、やんなっちゃった」はウクレレ漫談家・牧伸二の芸です。

そうしてみると、改めて、小泉今日子もリメイクやカバーを実に上手に使ったタレントなんだなあと思います。

同誌の選から漏れていますが、私が子供の頃ヒットした、浜村美智子をゴールデンハーフがカバーした『バナナボート』のような楽曲もあります。

ゴールデンハーフがうたったのは、少女に近い若い女性の恋の歌なのですが、なんだかわからないけれど『デ、イデデォ』と歌っている。歌詞は変えているのにそこだけは残したんですね。

「なにが痛いんだろう」と子供心に思うわけですが、そこから、元は浜村美智子という人が歌っていて、さらにその前にはハリー・ベラフォンテが歌っていた、ジャマイカの荷役労働者の歌ということを知りました。

カバー曲が出る限り、間違いなく元の歌に再び光は当たります。

たとえば、一時代を築いたのに、すでに伝説のものとなってしまったハワイアンソングを今カバーすることで、民族音楽やハワイアン・ポップスについて改めて光が当たるかな、なんて期待もあります。

そう考えると、たしかに「オリジナルではないからだめだ」とはいえません。

ただ、それによって何を訴えたいのかというメッセージや独創性は、元の楽曲のためにも明確であって欲しいですね。

以上、『思い出のカバーソング40選』という週刊誌の記事から、カバーソング(カヴァーソング、カヴァー曲)の背景や意義を考える、でした。

週刊アサヒ芸能-2013年3月28日号

週刊アサヒ芸能-2013年3月28日号

  • 作者: 日本ジャーナル出版
  • 出版社/メーカー: 日本ジャーナル出版
  • 発売日: 2013
  • メディア: 雑誌

この記事を書いた者
草野直樹(かやのなおき)

自己肯定感も自己意思決定能力も低かったのですが、昨今流行の家系図作りをしているうち、曾祖叔父と“日本のケインズ”高橋是清の接点(仙台藩でワキジ時代のお世話役、そして姻戚関係か)を発見。もう30年早く知りたかったなあという思いはありますが、せめてこれからは一国民、一有権者の立場からMMT支持者としての発言を自分の意志で行っていきます。

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