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レイスVSブルーザーではディック・ザ・ブルーザーが小さく見えたがプロレスラーのあり方として身長はあったほうがいい?

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レイスVSブルーザーではディック・ザ・ブルーザーが小さく見えたがプロレスラーのあり方として身長はあったほうがいい?

ハーリー・レイスとデイック・ザ・ブルーザーが対決するという、昭和プロレスファンにはこたえられない試合がYoutubeにアップされています。ハーリー・レイスの身長は公称185cm。デイック・ザ・ブルーザーの身長も同じく公称185cmです。

つまり、ハーリー・レイスとディック・ザ・ブルーザーの2人は同じ身長のはずです。

ところが、この動画をご覧ください。

Harley Race vs Dick The Bruiser WWA All Star Championship Wrestling

ハーリー・レイスの方が、身長も含めてディック・ザ・ブルーザーより一回り大きいと感じませんか。

試合の日時が特定できないのですが、ハーリー・レイスの着てるジャンパーはNWA世界ヘビー級チャンピオンになってからも着ていましたし、ディック・ザ・ブルーザーも体の縮み方が著しかったのですが、大木金太郎と戦った頃よりは髪も体もまだあるので、ジャイアント馬場と戦った1975年と、大木金太郎と戦った1980年の中間ぐらいかもしれません。

もう少し踏み込んで推測すると、ハーリー・レイスのヘアスタイルと髭の伸ばし具合から考えて、この試合は少なくとも1977年以降か。

デイック・ザ・ブルーザーは、1929年生まれでなので、そうしますとこの試合当時は50歳前後。

引退間際の試合とも考えられます。

いずれにしても、ディック・ザ・ブルーザーは、全盛期を遥か過ぎた時期の試合で、筋肉の盛り上がりなどは大きく減退しているのは致し方ないでしょう。

ただ、年齢的に身長まで大幅に縮みはしないでしょう。

ハーリー・レイスが公称185cmと仮定すれば、ブルーザーの身長はせいぜい175cm強程度でしょうか。

それでも、ディック・ザ・ブルーザーは、プロレスに一時代を築きました。

つまり、プロレスラーの身長に関して言えば、「大きければいいというものでもない」ことがいえます。

もちろん、「プロレス」という興行形態を考えれば、「巨体」は絶対的に有利です。

2mを超す巨体レスラーがリングで暴れるとなれば、それだけで一定以上の集客が期待できます。

どのような分野であっても、わざわざ劇場や会場に足を運び、お金を払う観客の期待は「非日常の体験」でしょう。

大男同士が肉弾相打つたたかいは、やはり面白いのです。

たとえば、日本プロレス史に燦然と輝くアンドレ・ザ・ジャイアントVSスタン・ハンセンの一戦はまさしくそんな「巨体プロレス」の象徴的試合でした。

人間の身体だけであんなド迫力、他のスポーツでも表現分野でもまずあり得ません。

ところが、多くのプロレスファンが「自己投影」できる、あるいは「あんなレスラーになってみたい」と思うのは巨漢レスラーではなく、「そこそこの体格のレスラー」なのです。

全盛期のジャイアント馬場が凄かったのは誰も異論はないでしょうし、ジャイアント馬場を観るために観客が押し寄せたからこそ、日本プロレスは隆盛を極めたのです。

しかし、では「馬場のような体になりたい」と憧れる少年ファンは、必ずしも多くなかったのではないでしょうか。

そこも、ファン心理のおもしろいところです。

プロレスラーの身長。

ファンにとっては、価値の位置付けが難しい概念なのかもしれません。

晩年のディック・ザ・ブルーザーを思い出す

晩年のディック・ザ・ブルーザーは、全日本プロレスと国際プロレスに来ています。

全日本プロレス時代の、ジャイアント馬場対ディック・ザ・ブルーザーの最後の試合は、さすがにジャイアント馬場も、ディック・ザ・ブルーザーが来日してからもう往年の試合はムリだと思ったようで、当初普通の試合だったのが、途中でインディアンデスマッチに変更になりました。

それで東スポには、ジャイアント馬場とディック・ザ・ブルーザーが大流血している画像を大きく第1面で使っているのですが、別の見方をすると、衰えた者同士の試合を流血で補ったなという感じです。

ジャイアント馬場は日本プロレス時代、クラッシャー・リソワスキーは流血戦にしてましたが、ディック・ザ・ブルーザー戦については、たしか流血していないのです。

ディック・ザ・ブルーザーは1度だけ流血しましたが、それでも大流血というわけではありませんでした。

流血しなくても金を取れる試合ができたんでしょうね。

インディアンテスマッチは、最後ディック・ザ・ブルーザーが、負けて悔しいというゼスチャーで、ゴングを何度も鳴らして観客が失笑しているのですが、ボボ・ブラジルの花束や、ジン・キニスキーのタッチロープ計測同様、衰えた一流レスラーの精一杯の悪あがき演出で、寂しい思いをしました。

ハーリー・レイスも、日本プロレス時代、ディック・ザ・ブルーザーの弟分のような感じで来日したことがありますが、その恩返しとしての試合だったのかもしれません。

WWAと書かれているので、ディック・ザ・ブルーザーがプロモーターのテリトリーですし。

以上、レイスVSブルーザーではディック・ザ・ブルーザーが小さく見えたがプロレスラーのあり方として身長はあったほうがいい? でした。

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この記事を書いた者
草野直樹(かやのなおき)

自己肯定感も、自己意思決定能力も低かったのですが、昨今流行の家系図作りをしているうち、高祖叔父と“日本のケインズ”の接点を発見。仙台藩で和喜次時代のお世話役で姻戚関係も!?。もう30年早く知りたかったなあという思いはありますが、せめてこれからは一国民、一有権者の立場から、ケインズ系経済学支持者としての発言を自分の意志で行っていきます。

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