東宝クレージー映画は封切り当時から50年経った現在も根強い人気がありますが明るく元気になれるのは悟りの笑いだったという話です。作品のレビューを見ると「明るく前向きな気持ちになれる」と書かれるのですが、その秘密は“悟り”にあると思います。
1960年代の東宝昭和喜劇の代表シリーズ
東宝クレージー映画とは、植木等主演作品や、ハナ肇とクレージーキャッツのメンバー全員が出演した1962年~1971年の東宝映画30本のことを指します。
植木等主演の無責任シリーズ(2)/日本一シリーズ(10)、クレージーキャッツが全員出演するクレージー作戦シリーズ(14)、時代劇(4)などがあります。(カッコ内は作品数)
1960年代の東宝映画は、森繁久彌の社長シリーズ、加山雄三の若大将シリーズ、喜劇駅前シリーズ、そして東宝クレージー映画と、4つの人気シリーズが、東宝の屋台骨を支えていたと言われています。
東宝クレージー映画については、21世紀のこんにちまで、「明るく前向きな気持ちになれる」というレビューが有り、いまだにDVDマガジンが発売されたり、BSやCSで放送されたりします。
ネットでは、Facebookやツイッターで関連投稿があると、注目を集めます。
どうしてでしょうか。
その答えとも言える寄稿が、東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン2014年5/6号にありました。
その前に、『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』のご説明をしましょう。
DVDマガジンにもなった東宝クレージー映画
『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』(講談社)というのは、2013年4月9日から、1ヶ月に2冊ずつ、計50冊発売された分冊百科です。
1冊に、映画1本のDVDと、作品のエピソードや当時の撮影スナップやポスターなどを含めたものです。
作品自体は、これまでにもテレビの地上波やCSで何度も放送され、DVDボックスとして発売済みのものです。
ただ、このDVDマガジンは、雑誌コードで発売されているだけあって、読み物ページが充実しています。
当時の裏話、ポスター縮刷版、見どころ、出演した脇役の解説、クレージーにゆかりのあるタレントへのインタビュー、泉麻人氏によるロケ地解説など、作品とその時代背景についての理解を助けてくれます。
それが、東宝クレージー映画が過半数の26本、それ以外には藤田まことと白木みのるの『てなもんやシリーズ』、森繁久彌の『社長シリーズ』、コント55号の作品2本、若い季節、続・若い季節、喜劇駅前シリーズなども含まれていますが、過半数の26本がクレージー映画ということは、それがメインの企画であることは明らかです。
2012年に、メンバーの桜井センリが亡くなり、ハナ肇、安田伸、石橋エータロー、植木等、谷啓などはすでに鬼籍に入り、唯一の生存メンバーである犬塚弘は、『最後のクレージー犬塚弘』(犬塚弘、佐藤利明共著、講談社)という書籍を上梓。
そうしたなかでの『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』発行は、メンバーとともにクレージーキャッツを振り返る最後の機会という意気込みが毎号伝わってきたものです。
ちなみに、全30作ではなく26作にとどまったのは、権利関係の問題があるのだと思います。
26作目までは純然たる東宝制作でしたが、27~30作は、脚本家の田波靖男や、渡辺プロダクションなどが制作著作者になっています。
おそらく、斜陽化した映画界で、真っ先に俳優の専属契約を解除して、映画製作を分社化した東宝は、東宝クレージー映画からも手を引いたところ、渡辺プロダクション社長の渡辺晋が、功労者である植木等の主演映画を、なんとかクレージー映画というくくりで合計30作、植木等主演映画としては合計10作の区切りまで作ろう、ということで、残りの4作を東宝は配給だけで作ったのではないでしょうか。
それともうひとつ、ここでは『東宝クレージー映画』と表現していますが、ただの『クレージー映画』と表記していないのは、東宝ではないクレージー映画もかつてはあったからです。
ひとつは、『サラリーマンどんと節気楽な稼業と来たもんだ』(1962年、大映)という川崎敬三主演作品です。
いうなれば、クレージーキャッツが主演ではないクレージー映画です。
もうひとつは、『スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられねぇ』(1962年、大映)です。
青島幸男原作で同名の主題歌。もちろんハナ肇とクレージーキャッツも出演していますが、主演は川口浩、川崎敬三。
タイトル通り、成り行き任せの人生、でもそれもひとつの生き方さ、というメッセージが感じられます。
まだこの時点では、植木等、もしくはクレージーキャッツが未知数だったため、主演は看板俳優にしたのでしょう。
植木等、もしくはハナ肇とクレージーキャッツが主演となるのは、東宝の映画です。
東宝クレージー映画を見ると元気が出る理由
さて、いよいよ本題ですが、東宝クレージー映画というと、根拠はないけど、見ると明るい気持ち、前向きな気持ちに、なるというのは、私だけでなくみなさんのほぼ共通した感想です。
どうして明るく元気で前向きな気持ちになれるのでしょうか。
前出の『東宝昭和の爆笑喜劇DVDマガジン』2014年5/6号には、毎回関係者がエッセイを綴る『爆笑喜劇バンザイ!』というコーナーで、クレージーキャッツの歌の作詞や出演番組の構成作家を担当した、青島幸男の長女である青島美幸が登場。
青島幸男氏の歌についてこう述べています。
そんなクレージーの歌を作った父は若い頃に肺を患い、死にたいと思ったこともあったようです。でも結局、「どっちみちつらい目には遭うんだ」と吹っ切れて暗闇から青空が見えた。そのときの解放感がクレージーの歌詞に結びついているんだと思います。「生きるって切ないね」と言いながら、「でも、所詮そんなものでしょ。だから負けないで生きていこうよ」というメッセージが歌詞にこめられていますよね。ここを読んだとき、我が意を得たり、と私は思いました。
だから落ち込んだときに聴くと元気が出ます。私はいじめられっ子でしたが、中学3年生のときにクレージーが歌う父の曲で暗い気持ちが吹っ切れました。以来、私はスーダラ教の信者なんです(笑)。
作中、設定は違えど毎回植木等は、「明るく行こうよ」と言います。
しかし、ストーリーはよくよく見ると、挫折や失敗が多く、しかもそれは自分の力不足というより、他人に裏切られたり、足を引っ張られたりする、結構暗くて痛ましい展開ばかりです。
そして、一応落ち込むシーンもあります。
要するに、不幸・不運の事実は素直に落ち込む。
逃げずにとことん落ち込んだ上で、でも、まあ人生そういうこともあると思い直す。
生きている限りは、道を探して前に進まなければならないんだと、粛々と切り替えていくわけです。
つまり、クレージー映画の明るさは、無理に心がける、建前やキレイ事の明るさではなくて、人生のあらゆる出来事を真正面で受け止める「悟った明るさ」なので、そこには哲学的な説得力というか、真実を感じるのです。
なお、東宝クレージー映画30作については、こちらでも振り返っています。
ご覧いただければ幸甚です。
以上、東宝クレージー映画は封切り当時から50年経った現在も根強い人気がありますが明るく元気になれるのは悟りの笑いだった、でした。
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